ごあいさつ

1979年。創業者の橋口美佐子が安田火災海上保険の研修生となったことが、現在のプライアントの種となりました。現在の損害保険業界は性別を問わず活躍できますが、当時は研修生として入社することすら容易ではなかった時代。採用面接では夫同伴を要求され、「ご主人、奥様を損害保険業界で働かせて本当にいいのですか?男社会ですよ」と面接官から確認があったほどでした。また、研修生として入社できたものの、女性の活躍が未知数だったため、給与は男性の半分からのスタート。しかし、入社1年3ヶ月後、橋口美佐子は同期研修生の中、全国トップの成績で安田火災研修生を卒業。そして卒業後の1981年、当時33歳だった橋口美佐子は1人で橋口損害保険を創業しました。

創業39年。男性社会の中、単に女性特有の柔らかさがあっただけでは生き残れなかったはずです。風雪に耐えながら真っ直ぐ天を目指すしなやかな竹のような「芯のある柔らかさ」があったからこそ生き残ることができたのでしょう。

プライアントの社名には私たちが大切にしたい創業者橋口美佐子の生き方が刻まれています。現在私たちは保険業の他に飲食業や中国ビジネスのコンサルティング業も展開していますが、携わる全ての事業において創業者の「しなやかさ」を基本理念とし、更なる企業成長を目指していきます。社員一丸となった「芯のある柔らかさ・しなやかさ」を持つ企業活動が、お客様に、そして地域に選ばれる企業へと繋がる深く険しくとも真っ直ぐ延びた道であると確信しています。

不器用ながらも私たちは愚直に真っすぐ進んで参ります。これからもプライアントへのご支援・ご指導のほどどうぞよろしくお願いいたします。

代表取締役社長 橋口 久

 

 

代表者紹介

代表取締役社長 橋口 久

1972年佐世保市生まれ。18歳まで佐世保市で過ごし、20歳から4年間アメリカで生活。帰国後は都内日本語学校の事務長として東京を拠点に中国・香港・台湾・韓国・タイ・バングラデシュ・インドなど東アジアで活動。33歳で佐世保市にUターンし、現在のプライアント株式会社に入社。

2009年に経営指針書を策定したことを皮切りに、2010年からは毎年6月に経営指針書を策定し、経営計画発表会を開催。来店型保険ショップとコーヒーショップのコラボレーションや、中国進出など、経営指針書と会社内外に目標と計画をコミットする発表会を通して、従来の保険代理店の枠を超えた会社経営に取り組む。

また会社規模に関わらず、年齢、性別、国籍、身体的特長の有無を問わない、小さなダイバーシティ&インクルージョン経営を実践中。中小企業経営や中小企業のダイバーシティ経営に関する講演多数。趣味は出張先でのジョギング。

 

インタビュー、講演関連リンク

長崎新聞・長崎のノビシロ(2020年8月)
https://www.pliant.jp/7282(NEWS内記事)

長崎新聞・トップインタビュー(2020年1月)
https://www.pliant.jp/4360(NEWS内記事)

経済産業省・ダイバーシティ経営戦略セミナー(2019年8月)
https://www.kyushu.meti.go.jp/seisaku/jinzai/kaisaikekka_190821.pdf

アゴラ・言論プラットフォーム(2019年1月)
http://agora-web.jp/archives/2036776.html

中小企業家同友会全国協議会・我が社の経営理念(2013年12月)
https://mgz.doyu.jp/touring/131218-170028.html

 

HASHIGUCHI Bike & Run (Instagram)

2017年1月。フットサルの試合開始1分後にボールに触ることなく転倒して右ひじを脱臼。情けなさと体力不足を感じたことから、脱臼が治り始めたその年の春からジョギングを始め、三日坊主にならないために、ジョギング専用のインスタグラムもスタート。おじさんながら、敢えてジョギング中の自撮りをUPし続けることで走るモチベーションを維持する。その後出張先にもジョギングシューズを持っていくようになり、ジョギングが緩やかに習慣化。そして、2019年11月には初めてフルマラソンに出場し、完走。脱臼と自撮りインスタを続けていなければ知り得なかった42.195キロの経験だった。そして今でも週に数回、思考でもリアルでも偶然の産物を求めてどこかの街をジョギング中。


僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ。-岡本太郎-